南北朝
北条体制の終焉
●討死
○自決
×戦闘・対立
○佐々木清高 ●佐々木昌綱
V
|
×
----|-----------------
U名和長高 U
U後醍醐帝 千種忠顕U
----------------|-----
____ |
足 \ |
利 赤 \ |
高 松 \ ×
氏 円 × |
| 心 \| 新田義貞
| |\__×_六波羅__×__楠木正成 千寿王(足利義詮)
| × ●北条仲時|●北条時益 /|
| | | × |
| ● × / ×
| 名 | ○北条高時 |
| 超 大塔宮護良親王 鎌倉 ○北条守時
| 高_______________/ |
| 家 |
|____________________|
配流先の隠岐を脱出した後醍醐先帝は名和一族に迎え入れられる。
後醍醐先帝は船上山に拠り、名和一族により佐々木軍を撃破。
鎌倉からこれを殲滅すべく足利高氏と名越高家が出陣。
楠木正成は千早城にて二十万の攻囲軍に対し人知を超えた籠城戦を行っている最中である。
大塔宮の呼びかけにも兵は思うように集まらない。
しかし大塔宮は吉野で兵をあげて2万の幕府軍と戦った。
赤松円心、播磨(六波羅直轄)にて蜂起。
一時は京にまで攻め込むも敗走。
「足利高氏の力無くして六波羅は討てず」
後醍醐先帝は千種忠顕に兵を預け六波羅攻めを指示。
しかし丹波に敗走。
名越高家(北条方)が討たれる。
足利高氏は六波羅と名越による挟撃の心配が無くなった。
船上山ではなく六波羅へ攻め込むことを決意。
六波羅陥落。
南北探題、北条時益・北条仲時討死。
後醍醐先帝入京。
楠木正成いまだ籠城中。
新田義貞鎌倉攻め。
時の執権北条守時、巨福呂坂にて自決。
東勝寺にて北条高時他一族八百余名が自決。
足利名代として千寿王(足利義詮)の元に関東の武士は集う。
鎌倉幕府の倒幕なれり。
人物
後醍醐天皇(ごだいごてんのう)
大塔宮護良親王(おおとうのみやもりよししんのう)
楠木正成(くすのきまさしげ)
赤松円心(あかまつえんしん)
足利高氏(あしかがたかうじ)
新田義貞(にったよしさだ)
千種忠顕(ちくさただあき)
名和長高(なわながたか)
エンタメTOPへ戻る